マン天3の中の人

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ノートルダム大聖堂の再建の寄付金を機に考えさせられたこと

2019年4月15日夜(現地時間)に発生した火災によりパリのノートルダム大聖堂の尖塔などが消失した。

 

ノートルダム大聖堂は、1991年に世界遺産登録された「パリのセーヌ河岸」の構成要素のひとつで、エッフェル塔とならび、フランスを象徴するといっても過言ではない建物である。

 

16日に火災が鎮火され、翌17日にはグッチのオーナーやケリングのCEOをはじめとした富裕層や企業が支援を表明した・・その額なんと総額6億ユーロ(758億円)すごい・・すごすぎる。

 

それだけの金額をポンとだせるのはすごいと思うし、それだけノートルダム大聖堂がフランス人にとって特別なものだということを物語っているのかもしれない。

 

仮に日本で同じように文化遺産が燃えてもどれだけの寄付金が集まるだろうか・・

 

ただ、一方で批判もあるようだ。「社会的な惨状には何もしないのにわずか一晩で膨大な金を拠出できることを見せつけた」「人間より石が優先されるのか」といったような投稿がSNS上で相次いだ。

 

 まあ、こういった批判がでてくるのは、フランスの経済・雇用状況が起因しているのだろう。フランスの失業率は約9%(若年層に至っては約20%で)。アメリカやイギリスが約4%であることを考えるとかなり高い(ちなみに2019年2月の日本の完全失業率は2.3%)。

 

批判するひとの感情は理解できる。不景気で閉塞感が漂う社会で、くすぶる不安や怒りの感情が行き場をなくしてSNSの中に解き放たれ言葉になったものだと思う。それだけ、フランスの社会を覆いつくしている闇が大きいことの表れだろう。

 

日本においては、経済的に一定の生活水準が維持され、多くの人は平穏に過ごしている。ただ、景気が悪化し、人々の心がすさみだすと、その矛先は様々なところに飛び火し連鎖的に悪化していくだろう。

 

すでに、世界中で景気が後退し、数字となって表れてはじめている。本格的に景気が悪化し、フランスのように閉塞感が漂うようになった時、日本はどのような闇におおわれるのだろうか。