池袋の事故を冷静に分析しよう。

4月19日東京・池袋の交差点で、高齢の男(87)が運転する乗用車が歩行者10人をはね、30代の女性と3歳の女の子が死亡、他8人に怪我を負わせた事件で、この男をめぐる警察及びマスコミの対応に対してネット上では批判が殺到してる。

 

と、いうのもこの事件の2日後の4月21日に、神戸の三宮駅前で市営バスが横断歩道で歩行者をはねて、男女2人がなくなるという事故があったが、警察の対応が180度異なっていたからだ。

 

神戸の件では、事故をおこした60代のバスの運転手は自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いでその場で現行犯逮捕され、容疑者として報道されたのに、池袋の件は、逮捕されることもなく、現行犯なのに容疑者と呼ばれることもなく「さん」付けで報道された。

 

この警察の対応の差はなにか・・ネット上では、この事件の男が東京大学卒の元通産省工業技術院の元院長で、農機具大手クボタの元副社長の「上級国民」だから逮捕されなかったのではないかという疑念の声が飛び交っている。

*「上級国民」とは、政治家や高級官僚、大企業の幹部やその関係者などを、一般の大衆と区別し、皮肉を込めて呼ぶ言葉で、ネット上のスラングの一種である。

 

今回の事件では男の輝かしい経歴がクローズアップされ、本来の論点とズレているので、問題となっている点をみていこう。

 

なぜ、逮捕されないのか?

刑事訴訟法第百九十九条では、「罪を犯したことを疑うに足り相当な理由」があり、「証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合に容疑者を逮捕できる」・・と定められている。

今回のケースでは、男が事故を起こしたのは明白で、逮捕する相当な理由はある。しかし、男が胸を骨折し入院した為、逃亡の恐れなしとして逮捕が見送られた。

明らかに犯罪を犯したと認定される現行犯であっても、証拠隠滅や逃亡の恐れがないとされた場合には、逮捕勾留されないこともあるのだ。

ただ、この点において、今回のケースでは、男の社会的地位や身分が逮捕勾留をしない要因となっているのは否めない。

というのも、前歴や前科がなく、社会的地位や身分を有する人は、逃亡や証拠隠滅のリスクが低いと警察が判断しがちだからだ。

しかし、私個人の意見としては、いわゆる「上級国民」であればあるほど、「証拠隠滅」をはかるのではないかと思うのだが・・

ただ、今回のケースでは、証拠隠滅しにくい状況であったため、警察は男が退院しても逮捕勾留しないという判断をしています。

捜査機関が被疑者の身柄を拘束する「逮捕」という行為は必須ではなく、被疑者が在宅のまま事件の捜査をおこなう「在宅捜査」や、書類だけを警察から検察へ送致する「書類送検」という手続きもあります。

 

 なぜ、容疑者ではなく「さん」付けなのか?

そもそも「容疑者」という言葉は、マスコミがつくった言葉です。本来は、「被疑者」が正しいのですが、「被疑者」が「被害者」と文字も読み方も似通っている為、マスコミが「容疑者」という言葉が作られた経緯があります。

一般的に、逮捕されると「容疑者(被疑者)」、送検されると「被告」と呼ばれる様になります。

今回の事件ではマスコミによって「~さん」や「男」などと呼称が分かれていましたが、「容疑者」を使用していたメディアはありませんでした。

それは、メディアの規定で「逮捕という行為が行われていなければ、容疑者と呼称してはいけない」という項目が設定されているメディアがあるようです。

その為、「逮捕」されていない男には、「容疑者」という呼称が使えなかったようです。一般人の感覚からすると何かおかしいですが・・

ただ、「逮捕されない」=「無罪」というわけではない。

今回、被疑者の男が現行犯逮捕されなかったのは、事故の衝撃で胸部を強く打ち骨折、救急搬送されそのまま入院したからだそうだ。

警察の発表によると、「119番通報に基づき臨場した救急車によって病院に搬送された被疑者がもはや現場にはいない状態で、自動車で現場から離れ去った被疑者を現行犯逮捕することは、法的にも物理的にもできなかった」ということらしい。

 また、逃亡の恐れがない(身元がはっきりしている上、老齢でケガをしている為、逃げないだろうという論理に基づき)入院後も「逮捕」という行為は行われておらず、後日事情聴取するとの事・・なにかひっかかるが・・

 今回の事件では、クルマに問題がないことが検証されている為、運転操作ミスは明白で過失は大きく、また横断歩道での死亡事故であることも考慮すると、過去の判例から恐らく実刑になると考えられる。

 自動車運転処罰法の法定刑は、7年以下の懲役または禁錮となっていて、今回のケースが過失であることを考慮すると禁錮4年前後になるのではないかというのが専門家の見立てである。

 

事件の被疑者の経歴や身分が大きくクローズアップされ、事件の本質から視点がズレ気味であるが、高齢化が今後加速度的に進む日本において、高齢者の運転や免許制度について真剣に議論を進めなければならない。